アライグマ提督の艦これ日記

ゲーム、艦これのプレイ日記を小説にしたものです。

第5章 アイドル着任 (1-2攻略 後編)

「敵艦隊発見、軽巡2、駆逐3!」


「まだ余裕がありますね。取り舵20、増速」


丁字有利を狙った艦隊運動。神通の命令で先頭の木曾が進路を変え、各主砲が敵艦隊に照準を合わせる。


「一隻は雷巡だな。これは敵主力艦隊か?」


木曾が言う。駿河湾に入ってから天候は一気に崩れ、偵察機が上げれなくなった為に敵の発見が遅れていた。事前情報に従えば今見える艦隊が当海域の主力だと思われるが、勿論確証はない。


「雷撃戦に入る前にできるだけ砲撃で削りたいね。加古の出番というわけだ」


「任せろ!」


加古が主砲を発射し、軽巡が続く。敵には雷巡がいるだけに、丁字有利な陣形を生かして早めに沈めてしまいたい。戦闘を進む木曾に敵の砲撃が当たり始める。しかし火力ではこちらが圧倒的有利だ。加古の砲撃は瞬く間に敵軽巡を戦闘不能に追い込んだ。残った駆逐艦も陣形を崩している。


結局、砲撃戦のみで決着はついた。敵全滅に対しこちらの損傷は木曾が小破のみと、戦果は上々である。


「このまま伊勢湾までいけそうだな。どうする神通?」


木曾が訪ねたその時だった。警戒をしていた軸と文月が、遥か彼方の雨の中を進む敵艦隊を視認していた。


「戦艦だ…」


戦艦を中心とした大規模艦隊。どうやら伊勢湾に向かうようで、こちらには気付いていない。もしかしたら敵も戦力を増強しているのかもしれない。


「現在の火力ではやり合えませんね。今は帰投しましょう」


神通の言葉で一同は陣形を組み直す。あれとやり合うとなると、次はもっと激しい戦いとなる…誰もがそう感じていた。



鎮守府ではさらに戦力を増強するという話が大本営からきていた。戦艦1と重巡1、軽巡3に駆逐艦5である。名簿が来ていない為詳しい情報はまだ分からないが、戦艦や重巡の追加というのは提督も嬉しかった。


「それだけ今回の作戦に大本営も本気ということか」


提督は執務室のテレビを点けた。神通らが出撃した海域は現在大雨。戻ったらすぐ風呂にでも入れてやらねば、と提督は思った。


と、番組が天気予報からニュースへと切り替わる。とあるアイドルの引退記者会見のようで、やたらニュースキャスターが騒いでいる。


「あー、この娘有名ですよ。けっこう人気があったのに、急にやめるとか」


中尉が提督の横に立って画面を覗く。


「なんでも軍人になるらしいですよ?」


「はぁ?」


中尉の言うとおり、テロップはアイドルが戦地へ向かうという内容で、ファンの様子はどうも穏やかではなかった。


「この影響でファンが反戦デモを起こしているらしいです。このご時世になにやってんだか…」


迷惑な話だ、と提督は思った。そんこ著名人が入隊したところで戦力強化は微々たるものだし、こちらとしても扱いが難しい為、あまり関わりたくはない。会見ではそのアイドルが意気込みを語り、大本営はコメントを控えていた。


「司令官、今日着任の皆さんが来てくれました」


吹雪が扉から顔を出す。着任報告を受けるため、提督はテレビを消して軽く身なりを整えた。どうぞ、と吹雪が新入りを通す。


「始めまして! みんなのアイドル、那珂ちゃんだよー! よっろしくぅ⭐」


入るや否や決めポーズと共に自己紹介する新入り。提督も中尉も、開いた口が塞がらなかった。


「あ、もう着任していたんですね」


大淀が遅れて部屋に顔を出す。


「大本営は当鎮守府にこそ彼女は相応しいと決断しました。なにせ新戦力は優先的にここへ配備するようになってますので」


ニヤリと笑って大淀は出て行く。今回の戦力増強はこれが理由だった。確かにこれでは大本営に文句を言うことはできない。


最悪だ、と提督は思った。



神通たちが帰投し、駿河湾攻略の報告を受けた提督は、伊勢湾攻略部隊の編成を考える。敵はこれまでとは比較にならないほど戦力を整えているので、こちらも慎重にならざるをえない。新たに着任したのは比叡、最上、長良、龍田、暁、響、綾波、初雪、朝潮、そしてあの那珂である。編成には比叡、加古、最上を入れるとして、随伴にいくつかの軽巡を考えていた。


練度から考えれば先の作戦で活躍した神通たちである。しかし今回のような大きな作戦では、主力になにかあった時の支援艦隊を待機させておきたく、木曾には龍田と共にこちらを率いてもらうことにした。また鎮守府警戒隊も戦力を上げるため、総旗艦に長良をあてたかった。となればあとは神通、川内、那珂しか残らない。


着任してから数日間、提督は那珂の様子を見ていた。正直、訓練は熱心に取り組んでいるし、同部屋で姉妹の川内、神通とも仲良くやっている。しかしどうも緊張感がない。


「戦闘に支障はないし、さして士気にも影響はない。楽しくやるのは自由だし、形式にとらわれる必要はないんじゃない?」


そう語るのは川内である。神通も同意見であり、彼女らの言うことも一理あると提督は考えていた。しかしここは軍隊なのだ。皆それを理解した上で集まっているし、那珂本人もそうである。一部の例外を認めてしまえば組織としての規律が崩れる。



「遊びでやってるわけじゃないもん!那珂ちゃんはいつだって本気だよ!」


それが困るのだ、と提督は執務室に呼び出した那珂に頭を抱えた。


「これは戦争なんだ。軍隊には軍隊のルールっていうのがある。言葉は悪いが、正直アイドルはお呼びじゃないんだよ。芸能活動の一部のつもりなら帰って…」


「違うもん!那珂ちゃんは戦うために来たんだもん!提督のバカ!分からず屋!」


そう言い残して那珂は執務室を飛び出した。言い過ぎか、と提督は思ったが、中尉はなにも言わない。


「司令官、那珂さんだって悪気があるわけでは…」


分かってる、と提督は吹雪に返した。艦隊の編成名簿にはすでに那珂の名前が記されている。本人は真面目なのだろうが、戦いの中で命を落とすこともあるということを彼女は理解しているのか、その覚悟があるのか、それが心配だった。


「あいつは、どこか戦いを軽く捉えている節がある。心意気は買うが、実戦を経験しないうちからあの調子でいられるのは、指揮官としては心配になるんだよ」



伊勢湾攻略部隊は比叡を旗艦とし、加古、最上、川内、神通、那珂という編成となった。後方待機艦隊には旗艦に木曾、龍田、綾波、敷波、朝潮、荒潮。勝敗の鍵はやはり比叡となるだろう。敵主力艦隊と交戦するまでは温存しておきたい火力である。


「提督ってば固いよね。那珂ちゃんの魅力がわかんないんだよ」


駿河湾通過中、那珂は川内たちにぼやく。執務室に呼ばれた時のことを言っているのだろう。提督の気持ちを察してか、川内たちは苦笑する。


「提督さんも那珂ちゃんのことを応援してくれてると思うよ?ただ戦ってる間は真面目にして欲しいって…」


「そうだぞー。アイドルごっこもいいけど、夜戦の時は遊んでないで…」


「ごっこじゃないよ!真面目にやってるよ!なに?川内ちゃんたちまで提督と同じこというの⁉」


怒って陣形を乱す那珂を最上がなだめる。


「ねー、比叡ちゃんはどう思うの?」


頬を膨らませた那珂は旗艦の比叡も話に巻き込む。


「んー、那珂さんからは元気をもらってますけど、オンとオフの区別はつけたほうがいいと思いますよ?」


困った顔をして比叡は返す。那珂はさらに機嫌を悪くしてもうなにも言わなくなった。


(遊びのつもりなんかじゃない。これでいくって決めたからやってるのに。私にだって戦う理由くらい…)


「偵察機より入電、敵艦隊を捕捉せり」


突如、川内の偵察機が敵を捉えた。戦艦1に軽巡3、駆逐艦4の主力艦隊である。続けて後方待機部隊からも敵発見の報が入る。重巡1、軽巡1、駆逐艦5の支援艦隊だ。


「木曾さんたちには敵支援艦隊を叩いてもらいましょう。そうすれば私たちは主力艦隊に集中できますからね」


比叡は木曾たちにその旨を伝える。同時に最上が鎮守府に打電し、さらなる支援艦隊の派遣を要請した。このような事態に備えてすでに曙の部隊が出撃準備を整えている。


旗艦から戦闘準備が下令され、さらに増速した艦隊は伊勢湾へと入った。



敵支援艦隊の撃滅を命じられた木曾たちは比叡たちとは別の進路で伊勢湾へと向かっていた。戦力ではこちらが劣るが、曙の部隊が到着した後に夜戦へと引き込めば充分に勝機はある。万が一討ち漏らしても曙の部隊が待機しているはずである。


「さあ、やってやろうじゃねぇか」


伊勢湾進入直前、敵支援艦隊を視認した。朝潮が比叡たちに交戦開始を打電すると、木曾と龍田を先頭に突撃を開始した。

鎮守府 人事記録簿 3

○文月


鎮守府の癒し係


睦月型7番艦。トラック島空襲において沈没。


元地方の戦災孤児。港町で育った為か海軍に憧れはあったが、争い事を好まない性格。家庭の事情で進学は諦め、海軍に入隊。その後艦娘に抜擢…と公式記録にはある。


訓練は真面目に取り組む努力家ではあるものの、実弾を使うと途端に実力を発揮できなくなる。素質があるだけに、まわりからの期待は大きい。



○加古


鎮守府の就寝番長。眠れる虎。


古鷹型2番艦。第1次ソロモン海戦帰投中に撃沈。


元は陸軍軍人の娘。スポーツ万能だが学はなかった模様。陸軍へ入隊し、歩兵としての経験を積んだが、適性を買われ艦娘に抜擢…と公式記録にはある。


とにかくよく寝る。所構わず寝る。しかし動けば強いので提督たちからは頼りにされている。陸軍の経験からか、サバイバル術に長けている。



○川内


鎮守府訓練係。夜戦番長。


川内型1番艦。ブーゲンビル島沖海戦にて沈没。


元皇宮警察警視正。代々天皇家を守り続けた一族の後継ぎだったが、人類の為に戦いたいという正義感から艦娘に志願…と公式記録にはある。


夜行性。夜になれば戦闘力が上がる。非常に面倒見がよく、訓練にも積極的に参加する。考えるより先に体が動くタイプだが、決して頭が弱いわけではない。近寄りがたいが頼りにはされている。



○神通


鎮守府訓練担当艦筆頭。


川内型2番艦。コロンバンガラ島沖海戦にて沈没。


元剣術の家元の娘。剣道を始め、多くの武道を身につける。この経験を世に生かす為に、周囲に反対されながらも艦娘に志願…と公式記録にはある。


訓練の鬼。性能の差は練度でカバーできると日々猛訓練を行う、が無理なものは無理とハッキリ断るので、上からも下からも信頼されている。


○木曾


鎮守府切り込み隊長。


球磨型5番艦。マニラ湾にて大破着底。


元暴走族副長。しかし学校では優等生だった模様。仲間を率いて暴走行為を行う一方で、不良を更正させるという一面も持つ。卒業後即海軍へ入隊、後艦娘に抜擢…と公式記録にはある。


男よりも男前。提督や中尉よりも駆逐艦には人気がある。とにかく先頭で戦いたがり、戦果をあげる。意外と乙女な一面も持つ。ただし若干中二病なのがたまに傷。



○深雪


駆逐艦特攻隊長。


吹雪型4番艦。斉州島沖で電と衝突、沈没。


元地方の女学生。空手経験者。地元の不良グループに所属していたが、更正するために海軍へ入隊。後艦娘に志願…と公式記録にはある。


木曾の妹分。根性があり、努力もよくする。頭を使うのは苦手の模様。同型艦の為か吹雪や白雪とも仲が良い。



○磯波


深雪のリモコン。


吹雪型9番艦。船団護衛中セレベス南東にて沈没。


元地方の女学生。学校では優秀な成績を修め、進学するも家庭の事情で中退。その後深海棲艦の被害が大きい故郷の為にと艦娘に志願…と公式記録にはある。


深雪と行動を共にすることが多い。後先考えず突っ走る深雪を止めることが多い。上手く彼女をコントロールする姿から「リモコン」という称号を貰った。


○漣


提督愛好家。


吹雪型19番艦、綾波型9番艦。ヤップ島南東にて沈没。


元都内に住む富豪の専属メイド。主人の一人娘が海軍へ入隊し、彼女を守るため追って入隊。その後艦娘に抜擢…と公式記録にはある。


動物好きなのか、提督や中尉によくなつく。曙と仲が良い。



○初霜


駆逐艦寮管理係。


初春型4番艦。宮津港空襲にて沈没。


元都内の女学生。空軍軍人の娘。空軍パイロットを目指したが身長が足らず、航空機整備員に。その後適性を買われ艦娘に抜擢…と公式記録にはある。


几帳面でしっかりもの。その性格を買われ、駆逐艦寮の管理係を任される。素質もあるのか、艦娘としての能力も高い。飛行機が大好き。

第4章 初陣は仲間と共に (1-2攻略 前編)

「太平洋沿岸の制海権奪還だぁ?」


大本営から与えられた新たな命令に目を通す提督。

「特に本州南西方面の海域を重視し、関東関西の輸送ルート確立…大きく出ましたね」


中尉も後ろから覗き込んで言う。


「それができりゃ誰も苦労せんよ。大層な戦略目標を立てるのは構わんが、これは少し話が大きすぎやしないか?」


「大本営はあなた方の能力を高く買っているんです。その為に大型艦を優先的に配備させたんですよ?」


突き返された命令を、大淀は再び提督に返す。彼女の言うとおり、最近大幅に戦力が増強された。駆逐艦5隻に加えて重巡加古、軽巡では川内、神通、木曾があてられた。幸いにも陸に近い海域は深海棲艦の活動も比較的小規模で、時には陸軍や空軍の支援を受けることもできる。


「なにもあなた方だけでやれとは言ってません。瀬戸内海の鎮守府からも大規模戦力が投入される予定ですし、この作戦が成功すれば各部隊の指揮も上がります。あとこれは命令なので、それを拒否するなr…」


「あー、分かった分かった。やらせていただくよ」


提督は大淀を退室させ、机に海図を広げた。早速作戦を練らねばならない。とはいえ情報が足りない。


関西、大阪までの道程は長く、押さえるべき主な海域は浦賀水道、駿河湾、伊勢湾、紀伊水道に大阪湾である。この内浦賀水道はすでに制海権を手に入れている。


「駿河、伊勢湾は軽巡を主力とする戦力が相手だからなんとかなるとして、問題は紀伊水道と大阪湾だね。こっちは戦力が分かっていないし」


そう横から口を挟んだのは、先日中尉の秘書艦に抜擢された時雨である。提督はもちろん中尉も驚いた。


「ちょっと待て、どこからその情報を?」


「曙の哨戒隊だよ。浦賀水道、東京湾の哨戒任務は必要最低限に済ませて、少しずつ哨戒の範囲を広げていったんだ。もちろん戦闘は避けてね」


また勝手なことを、と提督は思ったが、ここは不問にすることにした。そうと分かれば話は早い。提督は吹雪に、川内と神通を呼んで来るよう命じた。


しばらくしてやって来たのは神通だけだった。川内はというと、頭を使うことは神通に一任したいらしい。というのも彼女の場合全てを夜戦中心に考えてしまうからである。安定の夜戦バカだな、と提督は思った。


「さて、我らが訓練担当艦に問う。我が艦隊の練度はいかほどのものか?」


「いかほど、というと例えが難しいですけど…」


神通には川内と共に鎮守府の訓練全般を担当してもらっていた。これがなかなか捗っていて、駆逐艦たちも熱心に彼女らの教育を受けていた。教官側も、川内が実戦派なら神通は理論派と、バランスもとれている。


「練度自体は高いレベルにあると思います。ただ相手が巡洋艦以上となると、あの子たちの火力不足は否めません。決戦海域に投入するには限界があると思います」


やはりそうか、と提督は艦隊の編成表を眺めた。重巡1に軽巡3、あと2隻は随伴させたい。吹雪と時雨が適任だろうが、秘書艦が同時に鎮守府からいなくなる事態は避けたい。


「随伴の駆逐艦については神通に任せたいが、いいか?」


勿論だと神通は答える。教え子のことは教える側がよく理解している。下手に誰かに選ばれるより、自分で選んだほうが安心もできた。



「成る程、結構大きな作戦になるんだね 」


川内は神通から渡された辞令書に目を通す。二人は遠くまで見渡せる高台から駆逐艦が訓練する様子を眺めていた。二人が不在の間は木曾が面倒を見てくれていた。新たに着任した駆逐艦は深雪、磯波、漣、文月、初霜。随伴艦の一人は時雨をあてるとして、もう一人はこの中から選びたいと考えていた。


「文月さんですかね」


「私もそう思う」


二人の意見は同じだった。五人とも筋は悪くなく、このまま訓練を続ければ問題なく前線には出れるだろう。しかし文月だけ動きに迷いが見えた。きっと他人と争うということに慣れていないのだろう。そんな彼女こそ、一度は実戦を経験して欲しかった。


「それにしても、あいつらの教育を兼ねて出撃することを考えてるなんて、随分と余裕だね」


「姉さんこそ、同じ考えですよね?」


「私は神通ほど考えてないよ。あいつらの中で文月だけ夜戦が苦手なんだ。だったら本当の夜戦に連れて行って、夜戦の楽しさを教えてあげなきゃ」


クスクスと神通は笑う。結局は同じ考えである。


「あと、旗艦の話なんですが…」


「加古でしょ。重巡だし」


「それが断られました。めんどくさいの一点張りで」


ああ、と川内は笑う。そういえば彼女はそういう性格だった。


「じゃー神通やりなよ」


「川内姉さんは?」


「夜戦に集中できなくなるじゃん。私はパスだね」


ヒラヒラと川内は手を振って断る。神通は下で訓練している木曾に目をやった。しかし彼女も誰かの指揮下に入ったほうが実力が発揮できるタイプである。結局自分しかいないか、と神通は提督から渡された編制表に名前を書き込んでいった。


かくして神通を旗艦とする主力艦隊は駿河湾の攻略に向かった。その間に提督たちは瀬戸内海側の味方と連絡を取り合わなければならない。同時に陸、空軍にも支援をお願いしたいところだった。こちらは中尉が担当してくれる。吹雪たちには引き続き鎮守府近海の警備にあたってもらう。


「ところで他の鎮守府の状況はどうなんだ?それなりの戦果はあげているのか?」


恐らくこのことに詳しいであろう大本営所属の大淀に問う。


「正直、それぞれの持ち場を守るので精一杯です。奴等が陸に上がってこないのだけが救いですね。ひどい所だと鎮守府が爆撃を受けているみたいですから」


「ひどいな…今回共闘する瀬戸内海側の鎮守府は?」


「あそこは優秀な提督がいますから、期待していいですよ。ただ…」


大淀の言葉に提督は首を傾げる。


「随分前から艦娘を運用している方でして、装備が旧式化しています。それでいて更新を拒むので、今はご隠居って形で敵の少ない瀬戸内海を担当されてて…」


過度な期待はするな、ということである。結局大阪まではこっちが単独で道を拓くしかなさそうだ。



「川内姉さん、どうですか?」


川内は首を横に降る。彼女が偵察機をあげてから1時間、敵発見の報は入ってこない。現在誰も電探を積んでおらず、敵の早期発見は航空機だけが頼りだ。


「敵がいないってのはいいことじゃん」


「加古さん、そういうわけにも行かないんです。今回は航路の確保が目的なので、敵を撃沈して安全を確保する必要があるわけで…」


「じき雨も降る。偵察機はそろそろ帰したほうがいいかな」


川内は偵察機と連絡をとり、帰投を命じた。


「飛行機なんていらねぇよ。最後に頼りになるのは自分の目だけだ」


先頭の木曾は言うが、神通は敵の戦力が分からないまま戦闘に入りたくなかった。その時である。


「ん? 入電。敵艦隊発見、近い!」


帰投中の偵察機から報告が入る。ほぼ同時に木曾が水平線上に敵艦を視認した。軽巡1と駆逐艦2の小規模な艦隊である。おそらく前衛の艦隊だろう。


「反航戦になりますね。砲雷撃戦用意!」


神通の掛け声と共に艦隊は増速する。火力はこちらのほうが上、撃ち負けることはないはずである。一番射程の長い加古が初弾を放ち、続いて軽巡どうしの撃ち合いとなるが、お互いにの位置はほぼ真正面、効果は薄い。すれ違う瞬間が勝負となる。


「砲撃は加古たちに任せて、僕らは雷撃に集中しよう。狙いは先頭の軽巡および続行する駆逐艦、いいね?」


時雨が魚雷管を取り出して文月に言う。しかし文月にとっては初めての実戦、落ち着いていられるはずはない。両艦隊がすれ違い、至近距離での撃ち合いが始まる。加古はその火力で敵軽巡を圧倒し、軽巡たちは駆逐艦を狙う。砲撃の中、時雨が魚雷を発射した。見事縦陣2番手の駆逐艦に命中し、後続の駆逐艦はそれを避けるために陣形を崩す。こうなるといい的である。しかし加古のほうは軽巡を仕留め切れなかった。損傷こそしてるものの、継戦能力は未だ健在である。


「文月、とどめだ!」


川内が振り返り、縦陣最後尾の文月に叫ぶ。しかし文月の撃った魚雷は外れていた。緊張や迷い、恐怖が彼女の手元を狂わせたのかもしれない。次弾装填は間に合わない。慌てて主砲を取り出すも、敵軽巡の砲弾が飛び交う中、とても冷静に照準を合わせることなんてできない。


「痛っ!」


至近弾を受け、小破する。初めて負う戦闘の傷が彼女の心に追い討ちをかけた。その時である。


「しっかりしなさい! 訓練通り、教わった通りに構えるんです!」


神通だった。訓練の時に何度も受けた叱責、聞き慣れた声が文月を安心させる。一度大きく息を吸い、しっかりと敵を見る。

撃つ。外れた。弾を込め、撃つ。至近弾だ。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。敵の攻撃も止むことはないが、文月は怯まない。その間も仲間が支援射撃をしてくれる。また弾を込め、撃った。


「命中、敵艦撃沈!」


時雨が叫ぶ。文月の砲撃は当たり所が良かったようだ。敵最後尾を走っていた駆逐艦はすでに木曾と川内が撃沈していた。周囲にはこれ以上敵影はない。


戦闘を終え、文月の周りに皆が集まった。小破こそしたものの、初陣にしては上々である。


「どうだい文月、初めての戦闘は?」


時雨が文月に手を伸ばした。


「僕らは一人で戦っているワケじゃない。君を訓練した神通や川内も、共に訓練した僕もいる。恐怖は皆で打ち消して、皆で敵を倒せばいい。ミスだって皆でカバーするから、遠慮することもないんだよ」


文月は時雨の手を取った。震えていた手はいつの間にか治まり、いつもの暖かさを取り戻す。


これから進む海域には分厚い雨雲が立ち込めている。今後は偵察機も飛ばせず、遭遇戦になるかもしれない。作戦はまだ始まったばかりだ。