アライグマ提督の艦これ日記

ゲーム、艦これのプレイ日記を小説にしたものです。

第7章 チョコレートの憂鬱

駿河湾、伊勢湾攻略作戦を成功させ、いよいよ紀伊水道、大阪湾突入作戦が立案される。瀬戸内担当の鎮守府も順調に作戦を進めているらしく、淡路島手前、播磨灘付近まで艦隊を展開しているとのことだった。大阪突入を成功させるには両鎮守府が息を合わせ、同時に突入する必要がある。


一方深海棲艦は残存戦力を紀伊水道を中心に集結させているらしい。早い内に叩かなければ増援も合流するだろう。


大本営からは戦艦山城を初め、重巡古鷹、鳥海、軽巡北上、五十鈴、天龍、駆逐艦村雨、夕立、初春、雷、電が増強として着任した。作戦で展開する艦隊は3部隊を予定している。


執務室では連日作戦会議が開かれた。面子は提督に中尉、大淀、比叡、山城、神通などの主力が中心であり、吹雪や時雨は待機を命ぜられた。


「私、秘書艦なんだけどなぁ…」


時雨と施設点検を行いながら吹雪はぼやく。最近出番が少なくなり、それが面白くないようだった。


「まあ駆逐艦には限界があるよ。戦艦や巡洋艦と比べれば火力が劣るのは明らかだし、僕らは僕らにできることを頑張ればいい」


「でも、作戦会議くらい出てもいいと思わない?なのに司令官、最近は相談事でも大淀さんや神通さんを呼んで、私は雑務ばっかり…」


「要勉強ってことさ。ちゃんと知識をつければ僕らにもお呼びがかかるさ」


実際中尉は時雨に相談することが多い。駆逐艦にしか分からないことを常日頃から把握しているからである。もちろん吹雪が努力不足というわけではない。鎮守府の運営に関して細部まで把握しているのは彼女くらいであろう。しかし吹雪はそれだけでは満足できないようだった。


「出撃したいとかそういうのじゃなくて、なんていつか、もっと司令官の役に立ちたいというか…」


もっと提督にかまってもらいたいと言いたいのだな、と時雨はすぐに分かった。しかし今は大規模作戦中、そんな余裕が提督にないことは吹雪も分かっているだろう。


「あれ?漣ちゃん今日給食当番だっけ?」


点検の為に厨房へ立ち寄った二人はエプロン姿の漣と出会った。鎮守府の給食業務は当番制で行われており、今日は深雪と磯波が当番のはずだった。


「違う違う。チョコ作ってるんだ」


「チョコ?」


「そ、バレンタインチョコ」


そう言えば明日はバレンタインだったな、と時雨はカレンダーを見る。聞けば提督と中尉にあげるのだという。すでに試作品ができているからどうかと言われ、二人は休憩がてらいただくことにした。


チョコを作っていたのは漣だけでなく、初霜や敷波もいた。初霜は提督に、敷波は綾波に渡すようだ。二人とも漣に作り方を教わっているのだという。


「漣ちゃん、お菓子作り得意なんだ?」


「ここに来る前よくやってたからね」


元メイドである漣は料理の他にもなにかと器用にこなす。なのでこうして誰かに頼られることは、実は珍しいことではない。


「敷波が綾波に渡すのは分かるとして、初霜が提督に渡すのは意外だね」


時雨が言うと、そんなことないよと初霜は返した。


「提督には普段お世話になってるし、それに私だけじゃないと思うよ?他にも何人かチョコ作っている人見かけたし」


へぇ、と吹雪は目を丸くする。仕事の関係で鎮守府内をよく歩き回ってはいたが、そんなことまでは知らなかった。作戦中ではあるものの、なんだかんだで皆イベント事には積極的なのだ。


「どうだい吹雪、君も提督に作ってみたら」


「え?」


時雨が言うと、漣たちも 乗り気になった。


「そうだよ。作り方教えてあげるからさ、一緒にご主人様にあげよう!」


「でも私、秘書艦の仕事が…」


「後の仕事は僕がやっておくさ。最近君は働きづめだから、たまにはこうして息抜きをしたほうがいい」


時雨は吹雪から書類一式を受け取ると、漣たちに後は任せたと言い残して去っていった。



その頃執務室では未だに会議が行われていた。味方の偵察艦隊からの情報では敵は空母を配備しているとのことだった。一方こちらは航空戦力を有しておらず、大本営もこれ以上の戦力増強は難しいとのことだった。


「このままだと圧倒的に敵が有利だ。制空権もないまま艦隊を出撃させるなんてできない」


「囮部隊を用意しては?主力艦隊への攻撃を軽減し、敵に近付かせることができます」


「リスクが高すぎる。主力艦隊が攻撃可能圏に入れるという保証もない。中尉、陸空軍からの返答はまだなのか?」


「以前と代わりませんよ提督。どちらも協力を渋っています」


中尉は前々から、陸軍には紀伊半島からの砲撃支援、空軍には航空支援を要請していたのだが、何度問い合わせても支援は行えないと返ってきた。空軍に至っては独自で作戦を展開する為、海軍は出撃を控えるようにと言ってきた。


「仲が悪いのは相変わらずか…この非常時に」


この戦争が始まって数年、当初統合運用を行って協力しあっていた3軍だが、作戦の主導権はずっと海軍が握ってきた。戦争が長期化するにつれて軍部内での海軍の立場は大きくなり、次第に対立が生まれてきた。空軍は独自に作戦を展開し連携をとらなくなり、立場の弱くなった陸軍は戦争に消極的、非協力的になった。


「俺が直接問い合わせてこようか」


「今指揮官不在にするわけにはいきません。陸空軍への要請は引き続き私が行いますので、提督は作戦指揮に専念して下さい」


そう言われても、と提督は頭を抱える。他の鎮守府に増援を頼みたいが、どこもそんな余裕はないだろう。結局自分たちの力だけで戦うしかない。


「あの、ちょっと休憩にしませんか?私、チョコ作ってきたんですよ」


重たい空気をなんとかしようと比叡が話を止めた。少し頭を休めれば良い案も出るかもしれない。提督は会議を中断させ、皆に休憩するよう言った。比叡が御菓子を持ってきたというので神通はお茶を入れに行く。明日がバレンタインだということに提督は気付き、他の艦娘たちもチョコを作っているのだろうかと考えながら提督は比叡のチョコに手を伸ばした。




「吹雪はさ、提督のこと好き?」


「へっ⁉」


初霜の突然の質問に吹雪は思わず持っていたボウルを落としそうになった。構わず初霜は続ける。


「私は、すっごく感謝してるんだ。こんな時代に、こんな身体になった私たちのことを、提督は普通の人間として接してくれる。艦娘になるって決まった時、私は人間としての全てを捨てたつもりだった。それは吹雪も同じでしょう?」


吹雪を始め、漣や敷波も頷く。


「世間では、もうどう頑張ったって人類に未来は無いって言われてるけど、提督がそうであるように、私も世界を諦めたくない。でも、それと同じくらい人間であることも諦めたくないの。あんなに人間らしい提督に、あんなに優しくされると、どうしても希望を持っちゃうの。まだ私は人間でいられるんじゃないかって…それって、おかしな話かな?」


そんなことないよ、と吹雪は返す。確かに提督はアライグマだ。しかし彼はこの戦争に勝つことを、人間よりも信じている。人間を人間たらしめるのは外見ではなく、心なのだと吹雪は思う。なら、本来兵器である自分たちだって、人間らしいことをしてもいいじゃないか。このチョコは、自分たちが人間であることの証であり、抵抗なのだ。




執務室は地獄と化していた。提督を始めとして比叡のチョコを口にした者たちは例外なく倒れた。生き残ったのは比叡本人とお茶を入れに席を外していた神通だけである。


「何故だ…何故こんな凶行を…」


「スパイめ…」


提督と中尉が比叡を睨む。


「ひえぇ!私はただ純粋に提督たちを想って…」


「なにか入れたんですか?」


神通が問う。


「やっぱり提督たちはその身体なので、お口にあうように○○や××を隠し味に…」


「…不幸だわ」


山城がガックリと力尽きる。その隠し味は永遠に隠しておくべき代物だった。こんな状態では会議どころではない。その時である。


「み、皆さん大丈夫ですか⁉」


吹雪だった。てっきりまだ会議中かと思っていたらこの様だったので面喰らったようだ。その後神通と協力し、全員の介抱を行うこととなり、結局その日再び会議が開かれることはなかった。



「比叡は当分の間厨房立ち入り禁止だな。誰もあの腕前を知らなかったのか?給食当番は戦艦にも回ってくるだろう?」


夜、吹雪と書類の整理をしつつ提督は問う。


「恐らく、給食業務は決まったレシピが用意されていますから、それで失敗することはなかったのかと…真面目な人なので、決められたことを忠実に守っていたんですね」


ところが手作りとなると今日のような悲劇が起こるのだという。残念な子である。


「しばらくチョコは食えんな、これは…」


「あ…」


吹雪は隠し持っていたチョコをぎゅっと握ると、タイミングが悪いな、と肩を落とした。今渡せば迷惑かもしれない。無理してまで食べて欲しくはない。しかし提督はそんな彼女の異変にすぐ気が付いた。


「…と思ったが、口直しがしたくなった。吹雪、その隠しているチョコをくれないか?」


「えっ⁉」


吹雪がおどおどとチョコを出したのを提督は半ば強引に受け取るり、その場で開封して口に放りこんだ。形こそ吹雪の不器用さが出ているが、決して味は悪くない。


「ど、どうして…」


「ここに着任してから、ほとんどこの執務室で一緒に過ごしてるんだぞ。お前の考えてることなんて大体分かる」


うまい、と提督は完食した。


「最近出番が少なくなって憤りを感じるだろうが、俺はお前が頑張っている所をちゃんと見てる。他の奴も同様だ。この大規模作戦が終われば運営に余裕も出てくるから、それまでは辛抱してくれ」


「は、はい! ありがとうございます!」


全部見透かされていたかのようで、少し吹雪は恥ずかしかった。しかしそれ以上に、自分のことを見てくれていたことが嬉しかった。


翌日、提督の机の上には大量のチョコが積まれていた。鎮守府の艦娘ほぼ全員が、それぞれ作ってくれたのだ。一方中尉も似たような状況である。


「…しばらくチョコは食えなくなるぞ」


「我々の身体でこれだけ摂取しても問題ないのでしょうか…?」


苦笑いを浮かべる提督と中尉。その様子が可笑しくて吹雪は笑った。


作戦は翌日決行される予定だ。