アライグマ提督の艦これ日記

ゲーム、艦これのプレイ日記を小説にしたものです。

第6章 人間らしく (1-3 攻略)

木曾の艦隊から交戦開始の入電があってからしばらくして、比叡たち主力艦隊も敵艦隊を視認した。もうすぐ戦艦たちは主砲の射程圏内に入る。


「よおーし、那珂ちゃんの初ライヴだよ!」


装備を確認し、突撃準備を整える一同。くれぐれも気を付けて、という神通の言葉も今の那珂には届かない。


「気合い、入れて、いきます!」


ついに戦艦が砲撃を開始した。観測機がある分砲撃の精度はこちらのほうが高い。すぐに重巡も射撃を開始し、軽巡も射程圏内に入った。いくつもの防弾が落下し、大きな水柱が周囲にいくつもできあがる。


「うぅ、塩水で髪が痛んじゃうなー」


呑気にそんなことを気にする那珂。まだ余裕があるのだろうが、段々そうも言っていられなくなる。艦隊の距離はさらに近くなり、至近弾も出てきた。その時、敵の駆逐艦に加古の砲撃が直撃し、敵は悲鳴をあげながら瞬く間に轟沈した。


(あ、ホントに沈んじゃうんだ…)


那珂の顔が少しひきつった。が、すぐに笑顔を作る。こんなことで怯んでどうする、と自分に言い聞かせる。しかし飛び交う防弾が、轟音が、硝煙の香りが、那珂の手や足を振るわせた。


「ぐぁ! 畜生、やられた!」


加古が被弾した。幸い小破にもいたってない。しかしその直後敵戦艦の砲撃が川内に直撃する。


「姉さん!」


「構わないで! 平気だから!」


中破、だが足をやられたのか速度が一気に下がる。これでは陣形から落伍し、いい的になってしまう。


那珂は引き金を引けなくなっていた。鼓動はどんどん速くなり、頭も働かなくなる。そして川内が被弾したのを見て、彼女の中でなにかが切れた。


「あ、ああぁぁああ!」


陣形から突出し、単艦で突っ込む。周りが制止する声も、もう届かない。


「私の! 仲間に!手を出すなぁ!」





「中尉、彼女たちが人間だった頃の記録は残されているのか?」


曙たちを送り出してから数時間、二人しかいない執務室で提督は中尉に聞いた。


「人間だった…ですか」


「あるのか、ないのか」


「ありますよ。それも公式記録として。もっとも、人間だった頃の記録のみですが」


「どういうことだ」


「提督の言うとおり、大本営は彼女たちを兵器として見ているという意味ですよ。無論私たちもただの動物と見られています。ご存じですか提督? 基地の警備犬にも名前や階級はあるんですよ」


中尉は棚の一番隅から一つの簿冊を持ってきた。


「言わば犠牲者のリストですよ。なにせ全員戦死したことになってますからね」


中尉に渡された簿冊を提督は開いてみるが、自分の記録だけ確認してすぐに閉じてしまった。


「だがあいつらは…」


「ええ、私たちとは違って姿は人間のままです。記憶だって部分的にとは言え継承している。しかしこれからあの子たちは、兵器として生きていく他ないんです。もう二度と人間と同じ生活は遅れない」


志願者に対して艦娘についての説明は充分にされていると提督は聞いている。それでも志願者たちは決して辞退しないのだという。全てを捨ててでも守りたいものがある、それだけの覚悟があるからである。


「私たちはもう死んだも同然の身です。しかし彼女らはどうでしょう?未来を担うべき若者が健気にも人生を捧げています。私たちが不甲斐ないばかりに、です。そんな彼女らを兵器として扱うのは、あまりに酷な話ではありませんか?」


喋りすぎました、と中尉は簿冊を受け取って棚へと戻した。提督は手元の週刊誌に掲載されたアイドルの記事を眺める。多くのファンを捨ててまで戦うことを選んだ少女、彼女にも守りたいものがあったのだろうか…




容赦ない砲撃が海岸を、港や街を襲う。深海棲艦の勢力範囲は日に日に広くなり、ついに地上を攻撃し始めていた。この街も消えるのか、と走りながら少女たちは思う。両親はすでに海に消えた。助けに来てくれた友人たちも次々と命を奪われた。防弾は少女たちのすぐ近くに落ち、爆風が襲いかかる。


「お姉ちゃん!」


少女は砲撃に巻き込まれた姉に駆け寄る。まだ意識はあるが、とても助かりそうにない。


「逃げ…て。あんた、だけ…でも」


「嫌、嫌!なんで、こんなのって…」


しっかりしろ、と姉は声を絞り出した。


「泣いちゃだめ。あんたは笑顔が取り柄なんだから…しっかり生きて、どうなに辛いことがあっても、みんなにその笑顔を分けてあげられるよう…強く、なりなさい」


それが最期の言葉だった。そこで少女はある男に抱えられ、姉を残して逃げた。全てを失った少女は決して振り返ることはなく、生きる為にただ逃げた。




「…か、那珂! しっかりして!」


川内が那珂を抱き抱える。気を失っていたのか、戦闘はすでに終わっていた。身体は傷だらけで、艤装も使い物にならない。


「あれ…那珂ちゃん、なんで…敵は?」


「なんとか撃滅したよ。ちょっと被害は出たけど、誰も沈んでない。それより那珂、あんな無茶な真似、二度としないでよ」


那珂が単艦で突撃した後、川内たちは全力で彼女のサポートに回った。結果双方陣形が崩れ、敵味方入り乱れる乱戦となったが、なんとか勝利することができた。


「ごめんなさい…那珂ちゃん、川内ちゃんが怪我したのを見て…」


「実戦は初めてだっけ?なら仕方ないよ。でも次からはもっと感情をコントロールできるようにならないとね」


那珂は川内の手を取って立ち上がる。そこへ警戒にあたっていた皆が集まってきた。


「木曾さんたちから入電です。敵支援艦隊は撃滅したみたいですよ」


「偵察機からも敵増援は確認できないようです。ひとまず、伊勢湾は攻略完了ですね」


見れば比叡も神通も、皆それぞれ損傷している。きっと必死で那珂を守ってくれたのだろう。


「ごめんなさい!」


那珂は深く頭を下げた。自分の勝手な行動が仲間を危険な目に合わせてしまった。周りが必死で戦う中で、自分はどこか覚悟が足りなかったのかもしれない。


「那珂、頭上げな。皆ちゃんと分かってるから」


川内に言われて頭を上げれば、皆笑っていた。それを見て泣きそうになったところを川内に「らしくない」と言われ、那珂はまた笑顔に戻った。



比叡たちは木曾の艦隊と、迎えに来た曙の艦隊と合流して鎮守府に帰投した。埠頭ではいつも通り提督が出迎えに来てくれている。


「作戦完了、無事帰投しました!」


「よくやってくれた。詳しい報告は後で受けるから、まずはゆっくり休んでくれ」


解散を告げると比叡は皆を引き連れてドックへと向かっていった。ただ那珂だけはその場に残り、なにか言いたげに俯いていた。


「那珂」


「は、はい!」


急に声をかけられ、敬礼する那珂。それがあまりにも似合わなかったので提督は笑ってしまった。


「下手くそな敬礼だな。要演練だ」


「ええ⁉ ひっどーい!」


すぐに手を下ろし、いつも通りの那珂に戻る。そうだ、それでいいと提督は言う。


「今夜は打ち上げの予定を入れてある。しかし余興の一つもないのでは今一つ盛り上がりに欠けるからな、なんでもいいから用意しておけ。命令だ」


提督はそれだけ告げると回れ右をして帰っていった。那珂は最初呆然としていたが、すぐに満面の笑みを浮かべ、提督に走ってついていった。


組織において規律と秩序はなくてはならないものである。一人の軽率な行動は、仲間全員を危険にさらす。しかし、息を抜く時があってもいいじゃないか。こんなご時世だからこそ、せめて人間らしく、楽しめることがあってもいい。強い意志と覚悟がある限り、組織の団結力は簡単には揺るがないのだ。